きんのかぎ [政治 社会]
お友達から聞いた、とある童話のパロディです。
あるとき、湖のほとりを散歩していたら、持っていたカギを落としてしまいました。あまりにも広い湖で途方に暮れて、湖面を眺めていたら女神様が現れました。
そして女神様は聞きました。
「そなたの探しているのは、この金のカギか?銀のカギか?普通のカギか?」
「女神様、わたしが探していたのはその普通のカギでございます。見つけていただいてありがとうございます」
「そなたは、非常に正直者じゃ。その正直さをたたえて、この金のカギをつかわそう」
「いえ、私が欲しいのは、普通のカギです。女神様ー」
「謙遜するでない。まさしく金のカギにふさわしい御仁じゃ」
そして、女神様は、あっという間に湖面から姿を消しました。
あのーー…その金のカギでは、部屋に入れないんですけど。お願い、女神様。普通のカギかえして。わたしが欲しいのは、金のカギでなく普通のカギなんです。
そして、彼は途方に暮れる。
と、いう。かの有名な「金の斧」の パロディ童話です。
さて、このパロディに教訓はあるんでしょうか?パロディに教訓を求めるってのも、どうかと思うんですが。
あえて言うなら、「自分がよかれと思ったことは、必ずしも人のためにならない」ということでしょうか?金のカギは、いずれ生活の足しになるかもしれませんが、今必要なのは、自分の生活の基盤であったり、自分自身が安心できる場所であったり。自分の家にはいるために、カギ屋さんを頼んだり、もしくは壊したり。金のカギをいただいたことで、余計な出費が出るのは事実ですね。
今回、定率減税(?)の 一環で、世帯毎にクーポン券が交付されるとか。大盤振舞のはずでしたが、所得制限と交付金額については、議論中で先行き不透明だとか。とはいうものの、「今の交付は景気対策のためで、先々の消費税増額は許してね」と言う意図が、低支持率の麻生首相にあるとか。
押しつけられた金のカギ。これに意味があるのかな。
その予算を、できれば医療面にすべて使って欲しい。そして、疲弊しつつある 救急医療に与え、安心を確保して欲しいと思うのは私だけでしょうか?
「いいんです。首相(女神様)。私が欲しいのは、私が家で、安心して過ごすための…普通のカギです」
後期高齢者医療制度をめぐるごたごた [政治 社会]
2006年2月、小泉政権下で健康保険法の一部改正が行われ、後期高齢者医療制度の創設が語られる。2008年4月1日、後期高齢者医療制度スタート。まるで「姥捨て山」のようだと国民から批判を浴びる。一部では保険証の到達が遅れ、医療現場は大混乱。与党の政治家からも「制度のことをよくわかってなかった」「実は反対だった」などなど、無責任な発言が続出。そんな中、桝添厚生労働大臣は、「長寿医療制度」と名前を変えることで、国民に理解を求めていた。
2008年9月20日。 時は総裁選選挙の終盤である。桝添大臣は、「国民が支持しないような制度は大胆に見直すべきだ」と現行制度の廃止と新制度の検討をテレビで語る。75歳という年齢区分の廃止、年金天引き徴収の廃止、若年層への負担増加をしないと語る。その上で、麻生氏もこの考えに了承しており、所信表明演説にくみこまれると語った。
連立政権の公明党と、自民党の他の議員からは「聞いていない」との声が上がる。厚労省幹部は、制度の維持を示唆する中、22日麻生太郎幹事長が、「国民に納得してもらえないなら、非を改めるのに長い時間をかけるべきではない」と、桝添氏の考えに同意。「制度の骨格を維持したままで、根本的に見直す」と、自公で合意。
さて、導入時から混乱を極めていた後期高齢者医療制度。障害者認定されている若年の方も、なんとなくこの制度に組み込まれている。「一番医療費を使う人に、自分たちの分を負担してもらおう」という厚労省の意図がはっきりしており、弱者切り捨てという冷たさが感じられる制度。もちろん、反対だったが、すでに始まっている制度である。
後期高齢者医療連合なる新しい機関も作られている。該当者には、保険証の発行もすんでいる。PRのためのリーフレットも次々作成されている。この制度のために使われた多くの血税は、どこへいってしまうのか。そして、制度開設時のあの混乱が、また繰り返されるのだろうか。
はっきりいって、桝添氏の大暴走であり、麻生氏は無責任である。来るべき選挙のために、高齢者の票を取り込みたいとしか思えない。
財源として、世代間の負担をなくすということを前提としている。世代間の負担なく、財源確保する方法とは?その答えは、消費税でしょうね。「みんながいやがってる制度を改正するんだから、消費税納得してよね」ということと思われる。
いずれにしても、健保・国保の枠組みだけでは、医療保険制度は破綻するだろう。後期高齢者医療制度をこのまま残せば、この先どんどん高齢者の保険料が上がり、生活が成り立たなくなる人も多いだろう。いったいどうやって、後期高齢者医療制度の枠組みを残したまま抜本的改革を行うのか、見当もつかない。
おそらく、名前がすげかわって、75歳以上だったのが、65歳くらいに引き下げられる。大まかな制度は大して変わらないまま、財源に消費税導入というところでしょうかね?
麻生氏は昨日総理になりました。今日は組閣だとか。これだけ大きなパフォーマンスに打って出たのだから、桝添さんは大臣留任でしょうけど。抜本的改革なんだから、もっと素晴らしい内容で、国民の理解が得られる制度を考えることができるのでしょう。ま、お手並み拝見ですね。
余談ですが、麻生総理は、「食品以外に消費税を」のようなことを言っていたけれど。食品っていろんなものでできている。その原材料や肥料、パッケージの工業製品。輸送費用。他のものにすべて税金をかけ、食品自体にはかけないというのは可能なのかな。税金はかからないかもしれないけれど…ほかの費用の税金分が定価として組み込まれ、実は値上げになるんじゃないかなー。どこまでを食品とするのか、そこもまたもめそうで、大規模詐欺の温床になったりして。
日本の政治は息切れしてるね。ただただ「選挙のためだけに」。安心できる未来は遠い。
「はたらけど はたらけど なおわがくらし らくにならざり ぢっとてをみる」ー石川啄木
21:00、本文に追加。さきほど組閣発表。桝添氏、大臣再任。
麻生さんは、ひとことコメントで何を期待してるのかを発表しました。後期高齢者医療制度には、 触れませんでしたね。さて、どうなるやら?
とりあえず組閣には、意気込みを感じました。期待できるか?
総裁選デキレース [政治 社会]
平成の歴代首相を何人言えますか?20年しか経ってないのに、13人もいるらしい。名前がわかったとしても、正しい順番を答えられる人は少ないだろう。
福田首相(一応、現首相)が、内閣改造を行い、安心実現内閣を宣言し、そのまま辞意を表明したのがつい先日。そのあまりにもあっけない幕切れと無責任さは、そのまま自民党の体質なんではないかと思う。華やかに総裁選をアピールし、「この勢いで国政選挙だ」と、党幹部は勝負を賭けているようだが。またしても、ただの読み違えなんではなかろうか。
誰になっても大差ない自民党総裁。だって、数年前の首相の名前、思い出せないんだもの。自民党内部の選挙なのに、街頭でアピールしたり、テレビで主張したり。それって意味あるの?来る国政選挙へのアピールなんだろうけど、誰が何をやってくれるの?無責任なのは、みんな同じなんじゃないの?
「国民に人気がある」と、訳のわからないキャッチフレーズがついている麻生太郎議員。国民って…本当にそう思ってる?確かに、一年前の総裁選の時には、ネットで歓迎されていたかもしれない。でも、あれは中国族を嫌う人たちが、アニメ好きと言うだけで応援した。ただ、それだけのことでしょう?今回は麻生総裁誕生は間違いない。でも、それじゃ盛り上がらないからと、テレビでよく見る議員達を、わざわざ五人も候補者として擁立した。ただ、それだけのデキレース。マスコミが盛り上げすぎなんじゃないの?
麻生さんは、ただでさえジリ貧で借金まみれなこの国の、国債をどんどん発行して、国力を取り戻すという。それは、借金の先送り。その果てには、社会保障のさらなる低下と、消費税の大幅アップが待っている。ま、とりあえず任期を果たしてくれるならそれでいいけど…って、低いハードルを設定せざるを得ないくらいの、この政治情勢というのはどうなんだろう。
世間もいい加減、デキレースに飽きてきた。そうしたら、沈黙を守り通してきた小泉元総理が楽しそうにひとことフレーズを連発する。小池議員を応援するんだそうな。見栄えのいい小池さんと、インパクトは強い小泉さん。テレビ的には絵になるかもしれないけれど、そんなことを報道する必要ありますか?マスコミの方々。
そもそも、ここまで国力が衰退したのは、小泉改革もその一因ではないですか?たしかに、小泉さんは「自民党をぶっ壊し」た。でも、同時に「日本もぶっ壊し」たように思う。今現在、多くの人が不況や社会不安にあえいでいるのは、誰のせいですか?でも、多くの人は小泉さんが好きである。「うちのだんな、給料がどんどん下がるのよ。税金が多くてねー」と嘆く奥様方は、なぜそうなっているのかを考えることなく、小泉さんがメディアに映ると喜ぶ。未だに、彼が何かを変えてくれると期待している人が多いことに驚く。
小池さんと石原さんは、小泉改革と言っていればウケルと思って、ただそれだけを呪文のように繰り返してる。石原さん、あなたかつて行革担当大臣の時に逃げたでしょ?
小泉改革のすべてが悪かったわけではない、とは思う。しかし、負の遺産は多いうえ、無責任体質を創り出した弊害もまた大きい。
厚労省(桝添さん)は「名寄せ突合なんてできるわけない」と投げだし、社保庁の改革は進まないまま。農林省(失言ばっかりの太田さん)は、「農林省は、業者を守る省庁(で消費者を守るところではない)」と言い放つ。現在もまだ首相であるにもかかわらず、早くも隠居モードの福田さんは、「リーマン・ブラザースの経営破綻なんてたいしたことない」と言い出す始末。北の将軍様の安否が不明で、今後どうなるか不明のあの国のことは「調査の必要なし」と言及せず。目玉といわれた消費者庁も、稼働しないままになるんですか?
本日、大幅に株価が下落。リーマン傘下の企業が連鎖倒産の危機。他のどの先進国よりも、株価と不動産を下げている日本。ここから立ち直る自力はあるのか?全体的に、日本企業自体はがんばっているのではないかと思う。それなのに、信用が得られない。これは政治家のせいではないのか?
誰がなっても大差ない総裁選。国政選挙がいずれあるとはいえ、それももううんざりだ。ここ数年選挙ばっかり。誰がよくしてくれるの?魅力ある政治家が不在で、入れる人もいないのに。
選挙権を行使しない国民が悪いんだ。国民も共に日本を駄目にしたんだ。これはよくある論調である。 そう言われても…ね。いったいどうすりゃいいんだか。
政治にも不信。将来には不安。犯罪が増加しているこの世の中。明るい展望がどこかにあればいいのだけれど。
とりあえずマスコミも、視聴率目当ての報道をやめませんか?
大麻疑惑 [政治 社会]
今回の一連のニュースの中で一番驚いたのは、「大麻の吸引(摂取)自体は犯罪にはならない」という事実である。「違法に所持した場合に犯罪になる」らしい。海外ならばいざ知らず、日本では大麻は犯罪という認識があり、入手困難である。それならば、当然摂取自体も犯罪だろうと思うのだが、いったいなぜ?
大麻は、「大麻草」を原料とし、マリファナ・カンナビスなどと呼ばれている。幻覚成分を引き起こすのは、テトラヒドロカンナピノール(THC)という成分である。このTHCは尿から排泄されるため、尿検査でTHCが存在した場合に、「摂取した」という事実が示される。
さて、カンナビノールという成分は、実は「大麻草」だけでなく「麻」にも含まれるらしい。七味唐辛子等の中にも、麻が含まれているので、それらを摂取した場合には尿検査で反応が出ることもあるらしい。この場合は、もちろん犯罪にはならない。
また、副流煙として摂取した場合にも、やはりTHCは排泄される。自分の意志で吸ってない。知らずに吸っていたと言うことになるので、これも犯罪とは言いづらい。ただ、副流煙を多く吸い込むような場所には、通常の人は縁がないだろうと思うので……そのあたりのモラルは問われるかもしれない。
さらに、麻薬はがん末期等の治療に使われるというのは、皆さんご存知の通り。これは、医師の処方箋が必要。不法所持にならないので、犯罪ではない。
また、海外の場合には、大麻吸引自体が犯罪でない国もあるので、海外での吸引はその国の法律次第。持ち込んだ場合には、不法所持となり犯罪となる。
つまり、尿検査で陽性=摂取の事実を示すもので、自分の意志で摂取したかどうかについては不明。そのため、冒頭の「大麻の吸引(摂取)自体は犯罪にはならない」ということが成り立つ。犯罪行為かどうかを確定するには、その摂取経路の解明や、実際の大麻所持が必要になるとのこと。
「疑わしきは罰せず」の精神に基づくと、大麻を所持していた若ノ鵬は犯罪行為。THCが検出されただけの露鵬・白露山は、推定無罪という結果になります。露鵬・白露山については、どのくらいのTHC値だったのかが、今後の焦点となるかもしれない。
あまり報道されてないが、最初の抜き打ち検査で陽性となった日本人力士がいたらしい。その力士は精密検査をしていないとか?
そもそも、大麻の尿検査には同意とプライバシーの保護が必要だとか。その同意をとってないこと、日本人力士には一切触れず、トカゲの尻尾切りのようにロシア人力士だけを処罰しようとしている。だから、検査自体が信用できない。これが、露鵬・白露山の弁護側の主張である。
そして、「犯罪行為と認定されていないのに、解雇は重すぎる」というのが、露鵬・白露山の主張である。まぁ、そう言われればそうかもしれない。相撲協会側が、自分たちの教育不足から目をそらすために、生け贄を差し出したようにも思える。ただ、THCは、日々排泄されていくわけだし、潔白を証明したいなら早く検査を受ければいいのにとは思う。こうやって、のらりくらりと検査を避け、THCの残留が出なくなるまで粘るのだろうかという疑惑は残る。いずれにしても、露鵬・白露山については、白黒はっきりするまでは、処分保留が望ましいかもしれない。そして、国際スポーツ裁判所での、ドーピングの規定による処分が望ましいのかもしれません。いわゆる「推定無罪」ですから…。いまいち、釈然としませんが…。
一方の若ノ鵬。こちらも「解雇が重すぎる」と訴訟を起こしているとか。ただ、こちらについては明らかに犯罪である。犯罪だという認識が不足していたというのは、親方たちの責任であるので、彼らも処分は必要だと思うけれど。若ノ鵬は、国際ドーピング規定によると、解雇が重すぎるという主張らしい。しか~し、日本ではドーピングではなく、やはり犯罪なのだ。
テレビのコメンテーターで、「公務員も大麻で失職しない」と言った人がいた。力士も公務員みたいなものなのかもしれないが、それは、その公務員規定が間違っている。だって、一般企業なら、即クビでしょう。昔から、「公務員は悪さをしない」という訳のわからない認識があり、公務員の犯罪規定が甘すぎる。民間では許されない大麻犯罪である。
コメンテーターはこうも言った。「芸能人でも許された人がいるんだから、復活のチャンスを与えるべきだ」いや、違うって。彼らは一応、その犯罪を悔いたのち、自分の力等々で復活した人もいる。そのまま忘れ去られた人もいる。それだけのこと。だって、もともと自由業なんだから。
わたしは何も、スポーツ選手は清廉潔白でなければならないという、古くさい考えは持ってない。人格的に最悪であっても、強い。そういう人もいると思う。しかし、若ノ鵬は犯罪である。しかも、国技である。やはり、今後の子供達に与える影響も強いと思う。「悪いことをしたら罰せられるんだよ」「大麻はやってはいけないことなんだよ」子供達には、そう教えるべきだと思う。
よって、若ノ鵬の解雇は妥当と思う。もしも本当に力があるなら、一度解雇された上でもう一度挑戦すればいい。罪を犯して、その罰を受ける。話はそれからである。ただでさえ、犯罪が増えている昨今。犯罪を助長するようなことはあってはならないと思う。
蛇足ながら追加。七味の中の麻の実は発芽しないように加工されており、栽培できないようになっているそうです。許可された研究機関以外での栽培は犯罪で、自生しているものを見つけた場合には保健所への通報義務が課せられます。アヘンの原料となるケシの花。一般に花壇に植えられている「ヒナゲシ」や「ポピー」は、アヘンの原料にはならず、栽培可能なケシです。詳しくは、保健所のホームページをご確認ください。
光化学スモッグとオリンピック [政治 社会]
昨年の夏、うんざりするほど発令されていたのは、「光化学スモッグ」だった。
干天の午後、市の街宣車が警告する。
「こちらは、○○市役所です。ただいま、光化学スモッグが発令されました」
今年の五月、さわやかな風の吹く、ほんとうにさわやかな日。
光化学スモッグが、早々と発令された。
「え?もう?こんなにいい日和なのに。このまま夏になると、また毎日なんだろうな」
そんなふうに話していたのだが、なんとその日以来、発令されていない。
これは喜ばしいこと。でも、去年よりも暑いのにどうしてだろう?
ふと思い立った。北京オリンピックが二週間後に迫っている。
中国が、国家の威信をかけて、大気汚染規制に取り組んでいる。
工場の稼働を中止し、渋滞緩和の意味も含めて、一般道のナンバー規制も行っている。
遠い国でのその措置が、今年の過ごしやすい夏につながっているのではと、推測される。
中国は、チベット問題や四川省地震、爆破テロなどで一時開催が危ぶまれていた。
水や食糧などの安全性も問われている中、中国最初のオリンピック開催に向けての準備が続いている。
その中で、安全性や国民マナーの向上に、共産党が腐心している。
オリンピックで多くの外資も入り、多くの外国人が入国することで、隠されていた中国の内部もはっきりするだろう。
この、オリンピックは中国に何を残すのだろうか。
「日本は、東京オリンピックのあと、国際社会の一員となれた」というのは、よく聞く話である。
「追いつけ、追い越せ」のスローガンの下、活気にあふれていた高度成長期。
急速に、経済を発展させ、日本の独特な文化を切り捨てながらひた走ってきた20世紀。
どこかでボタンが掛け違えられ、閉塞し縮小した社会となりつつある21世紀。
進んできた路の是非はともかく、「東京オリンピック」が日本の発展のひとつの象徴であることは間違いないだろう。
中国も「オリンピック」のあと、正しい国際化へと進み、国際社会での責任を果たすのだろうか。
現在は、イミテーションの氾濫する国であるが、いずれは知的財産保護へと方針を変えていくのだろうか。
そして、現在抵抗している温暖化政策へと、食と生活の安全へと、意識転換できるのだろうか。
もともとは儒教の国である。正義を重んじる国へと戻れるのだろうか。
中国の台頭は、日本の衰退へとつながるので、日本もうかうかしてはいられないと思うが。
今年の「北京オリンピック」
ひさびさの青空が広がるのだろうか。
その青空は、中国国民に何を告げるのだろう。
その青空を守ることへの意識が高まるのだろうか。
それはひいては、日本の青空の維持へと,
世界の青空へとつながるに違いない。
地球の空は、どこまでもつながっている。
リゾートマンションの進む路 [政治 社会]
「湯沢のマンションって安いんだって。車の方が高いくらいらしいよ」
「じゃ、スキー好きな人にはおすすめかも」
「仕事やめたら、そっちでのんびりしようかな」
そんな他愛ない話をしていたのだが、それが「安物買いの銭失い」だということを、今日知った。
「週刊スタミナ天国」という番組が、たまたま湯沢のマンションの特集をしていたのだ。
バブル期に林立したリゾートマンションは、投機目的の意味合いが強かった。その街で住みたいと購入された方もいるだろうが、多くは人の住まない幽霊マンションなのだ。
この不景気の中、入居率は激減。ローンを払えなくなった部屋が競売にかけられ、その結果上記のような安値のマンションとなるらしい。管理組合が機能しているマンションはあるものの、入居戸数が減っている。修繕積み立てや共益費等に支障がでる。人が少なくなると、マンションも荒れてしまうし、安全性も低くなる。残っている人たちの金銭的負担が大きいので、なんとか入居者を増やしたい…というのが実情らしい。
さて、安全な生活が営めないほど、入居者がいなくなってしまったら?取り壊しになるものと思われる。沈みかけた船に乗るようなものなのだな、と正直感じた。住んでらっしゃる方には申し訳ないけれども。
さて、行政側はそのために財政困難に瀕しているとか。マンションの戸数は多いものの、多くがリゾートマンションとして利用しているため、市町村民税は入らない。湯沢町は、税収の中の固定資産税の割合が59%もあるらしい。その固定資産税が、滞納となっているとか。滞納額は、合計で13億近いとか。
この中には、自己破産等で支払いができない人も含まれるかもしれないが、知っていて滞納している人ももちろんいるんだろう。そこで湯沢町は、東京に事務所を構え、職員を二名配置し、固定資産税の回収を行っているとか。そして、年間に一千万程度は回収できているらしい…。
たった、いっせんまん。事務所の家賃と、職員の人件費で飛ぶ額なんだろう。おそらく。
番組を途中から見たせいもあるのだが、大きな疑問がある。その番組の中の出演者は、「固定資産税は回収できない」ようなことを言っていたのだが…一体どういうことなんだろう。職員さんたちも地道に電話でアポを取り、少しずつは回収しているようだった。
滞納は滞納である。中には、最初から電話をとらない人もいるだろうし、逃げている人もいるだろう。でも、滞納なのだ。とっとと差し押さえができないものかと、真剣にそう思う。
湯沢町に限らず、入るはずの税収が入らない。それで苦労するのは?行政サービスが抑制される住民たちである。もしも破綻してしまったら、そこに国費が支援として投入されることになる。つまり、めぐりめぐって自分が払うということになるのだ。
そんなことって許されるのだろうか?払うべき人が逃げてしまうから、とりやすいところから税金をとるというシステム。ボーナスからも税金をひかれているし、定率減税は廃止。社会保障費は増えている。他に増税できるところはないかと、税調は血眼になって、穴を探している。物価も上がり、税金だけが増え、閉塞しきったこの社会。早期に対応すべきだった滞納はほったらかしで、「とれるところからとればいいや」そんないい加減な対応が許されるのだろうか。
湯沢町の特集だったが、このような事例は、おそらくどこにでもあるのだろう。湯沢町は、ここまでマンション林立したのは、「都市計画整備から外れ、規制の届かない場所に、業者が勝手にマンションを建てた」と言う。行政の言い分はこうである。今でこそこう言うが、当時は知っていて黙認していたのだろう。リゾートマンションによる税収が増えると、当時はほくそ笑んでいたのではないだろうか。
バブル期は、まさしくうたかたで、誰もが消えてしまう泡に希望を託していた。このまま上り調子がつづくものと思考停止していた。走り始めたものは、止められない。そんな強烈な時代であった。
バブルは消えた。しかし、ただ消えただけはないのだ。大きな負債を残したのだ。経済面だけでなく、教育面も…多くのことが破綻している。こういった負債に直面している今でも、「走り始めている計画は止められない」というのはどういうことだろうか?使いもしない道が増え、社会保障のインフラ整備は進まず、むしろ縮小している。誰のための政治なんだろう?
政治家は、過去の夢を追い、利権と人脈だけを頼りに無駄なものを作り続けている。物質だけを追い、心を置き去りにしたまま。弱者は救済されないまま、勝ち組に乗らない方が悪いのだ、とでも言わんばかりに。勝ち組とは?納税の義務を捨て、教育を捨て、勤労を捨て?人の気持ちや立場を考えずに、自分の意志を貫き、自分の利益だけを追うことを指すのか?
それなら、負け組でいい。
太陽光発電について考える [政治 社会]
そこで、静かな議論がなされているのが、「太陽光発電」らしい。経済産業省は、「家庭用太陽光発電の設置費用を今後3~5年で半額にするほか、石油、ガス供給事業者への新エネ利用の義務づけ」を新エネルギー政策とするらしい。
太陽光発電は、非常に有効と思われる。ソーラーパネルは、リサイクル率も高い。太陽光は無限の資源であり、枯渇の心配もない。では、普及しない原因は何だろうか?
太陽光発電が、家庭用で平均約230万円と高額なのがその一因である。補助金を得たとしても、その設置費用に見合うだけの金額を回収できないとのこと。また、日本の気候は安定した電力供給には不向きらしい。曇天の多い冬場などはかなり不安定な電力供給となるだろう。パネルが汚れると発電効率が落ちるため、定期的なメンテナンスが必要なのだが、それにかかる費用も高額とか。
そして、日本の住宅事情…。日照の確保が難しい。広い敷地のある海外と違い、通常の住宅の屋根は小さく、隣家との位置も近い。隣家が三階になっただけでも、日当たりはかわる。近くにビルでも建とうものなら、発電できるほどの日照は得られず無駄なパネルとなりうる。エコに協力したいと思うものの、そのようなリスクを考えると、あまりにも初期投資が高い。設置は…やはり二の足を踏んでしまう。
さて、ドイツは太陽光発電のシェアが非常に高いという。ドイツも天候が変わりやすく曇天が多い印象があるのだが、それでも普及している。住宅事情ももちろん違うが、一番の違いはヨーロッパ人の気質かと思われる。「個」より「社会」。地球を守るという強い気持ちがあるからだと思われる。
ドイツでは、リターナル瓶の普及が高いとか。清潔を重んじる日本は、ついつい手軽なペットボトルに走りがちである。かくいう私もそのひとりであるのだが…「資源を大事にするために、リターナル瓶を使うことが当たり前」そういう意識付けが、ドイツではうまくできているのだろう。ペットボトルの再生技術は進んでいるが、やはりリサイクルにはにエネルギーが必要。消毒コストだけですむリターナル瓶のほうが地球に優しいと思われ、見習いたいところだと思う。
ドイツでの太陽光発電の普及も、「将来の地球を守る」という意識付けがうまくなされていることが一因と推測される。そして、それを政府が後押ししている。ドイツでは、電力の買い取りの割合が高く、10年で確実に初期設置分を回収できるとか。日本よりもハイリターンなのだ。
一方日本は?まずは、国の補助金制度は打ち切られる。高層住宅の規制はなし。そして、太陽光発電を設置している住宅は、財産を持っているということになり、なんと固定資産税が上がってしまうらしい。それは、本末転倒ではないだろうか?
経産省は(そして先行きの見えない福田総理は)、ドイツから太陽光発電設置率トップの座を奪還すると息巻いているとか。そのために、概算予算で補助金を拠出するべく奔走しているらしいが…この縦割り政治の中、いったいどこまでできるだろうか。各企業に、新エネルギー利用の義務づけを行うという方針だが、原油高騰であえぎ、倒産が増えている中、どこまで設備投資ができるのか、先行きは不透明だ。
しかも、官僚ポストは短期間で交代する。太陽光を推進したい官僚が率先している期間は、助成制度も手厚いだろう。しかし、その後はどうなるのだろう?長期的な代替エネルギーが必要なのに、国としての長期的な展望が出せない。その次の官僚は、原子力を推進するかもしれないのだ。その中で、国民が一定の意識を持つのは難しいだろう。
しかし、温暖化は待ったなし。
一般家庭からの太陽光発電が難しい理由は、冒頭で述べた。それならば、企業や高層ビルやマンションなどの高い建物から、はじめてみてはどうか?デパートや病院なども、室温調整に必要な電力を、まずは太陽光からまかなうというのはどうだろう?そして、工場。多くの電力を使い、広い敷地のある工場に、太陽光発電をとりつける。そういった取り組みが草の根のように広がっていくと、多くの人の理解を得られるのではないだろうか。
不景気なこの時代だからこそ、石油に頼らずに独自エネルギーを確保し、原油の高騰に右往左往しないですむ社会を作る。太陽光発電への投資は当たり前のことなのだと思えるような意識付けができるよう政府が長期的な展望を出して欲しいと思う。高額であるからこそ、国として推進し、助成制度を充実して欲しいと思う。そのための、税金なのではなかろうか。
そう。地球は「ひとつしかない」のだ。
サミット閉幕 [政治 社会]
お役所お得意の、何が何だかわからないような言い回しをして、一定の成果があったようなふりをしているが。そんなに簡単に人はだまされない。
原油や食糧危機については、「世界の経済成長に重大な試練であり、強い懸念であることを合意した」…そんなん改めて言われんでも、わかっとるわい!と、叫びたくなった人も多いことだろう。
温暖化については、「地球温暖化ガス排出量を2050年までに半減する長期目標を世界全体で共有し採択を求める合意」を得た。何を今更?事ここにいたって国連なんかい!経済を牛耳る先進国のサミットで何も決められないのか、と失望した方も多いと思う。
しかも、アメリカの関心も薄い上、最終日の拡大会合では中国インドにやりこめられるという有様。
そう、なんら進展のなかったサミット。このために多くの国費が導入されたわけだ。
サミットについては賛成派でも反対派でもなかったが、今回の経緯を見ているとつくづく感じる。グローバル化した世の中、先進国だけがマイルールで進み、各国を経済力で押さえつけていた時代は終わった。多くの国々に主張がある。そんな中、早急に対応して欲しい問題すら先送り。もはや、サミットに意味はないし、サミットで何かを決めることはできないのだと。「首脳」という大それた名前がついただけの井戸端会議で、ただのパフォーマンスなんだと。
サミットの果たしてきた役割はもう終わった。おそらくそういうことなのだろう。
経済的にも、地球自体の生命にもかかわるような課題が山積し、大きな岐路にある「今」。今後、人類の繁栄がこれからも続いたとして…、これから先の時代の歴史家たちは、この時代をなんと評価するだろう。「何も解決できなかった最悪の時代」そう言われてもおかしくないだろう。
七夕開催のサミット [政治 社会]
さて、ガソリンに変わるエコ燃料としてバイオエタノール事業が台頭している。バイオエタノール…一台の自動車のガソリン量を満たすために、ひとりが年間食べるだけの穀類を必要とするらしい。最終的には地球を汚さない循環サイクル…けれども、その製造に多くのエネルギーを必要とするとか。本当にエコなのだろうか?
ヨーロッパでは、原油の枯渇を見据えてメタンガスを主流としている国もあるらしい。氷河の中には多くのメタンハイドレードがあり、その利権争いからエスキモーの街に外貨が落ち、街の風景を変貌させているとか。田中義剛さんの農場は、家畜の糞便をリサイクルし、その農場の中でメタンガスの発電を完結させているそうだが。メタンガスは、二酸化炭素よりも温暖化効果を促進させる資源であるとも言われている。この資源も、ほんとうにエコなのだろうか?
水素じゃダメなんだろうか。水素は無限にあるし、最終的にはまた水素に変わるシステムだとか。BMWやマツダなど水素エンジンのクルマの開発も進んでいるそうだが、そちらを主流にしようとする動きがないのはなぜなんだろう?トヨ○のプリ○スには開発研究援助があったのに?そういえば、当時の経団連の会長はト○タの会長だった。
本当にエコロジーな原油に変わる資源はなんなのか?はっきり答えが見えないままである。研究家の方々は、各々の研究の結果を今後に生かしたいだろう。でも、各々の利権だけを追求せずに、本当に地球にとっていいことを考えて欲しい。将来の地球が傷むことのない方法を、考え出して欲しいと思う。
さて、冒頭にも触れたが、食糧危機をまねきつつあるバイオエタノール。穀類の需要が増えている。
ただでさえ、需要と供給のバランスが崩れているのに。アメリカではミツバチの大量失踪が問題となっているとか。「蜂群崩壊症候群」(Colony Collapse Disorder)ー略して、CCD。
はっきりとした原因は不明であるが、同じ蜜だけ与えられるための栄養不足や免疫力低下。遺伝子操作や環境変化が考えられるとか。アメリカは、日本の養蜂家と違い巣箱の掃除もあまりしない傾向にあるとか?
さて、ハチが消えるとなぜ困るのか?
何かと大雑把なあの国は、果実の受粉のために大量のミツバチを利用するとか。つまり、ハチが消える→受粉の機会が減る→果実ができない。ただでさえ、バイオエタノール生産で供給が増えている。また、急速に成長している中国やインド等での人口分の食糧確保が必要であるのに、生産が追いつかなくなる可能性があるということだ。この結果どうなるか?そう、食糧危機が訪れる。
自給率が低く、輸送に多くのエネルギーを要する島国の日本にとっても大きな打撃となるだろうが。しかし、もっとも最初に打撃を受けるのは、「温暖化」について学んでいない人たち。炭酸ガスを放出しない人たち…弱い人たちなのだ。
闘争の原因となるのは、いつの時代も「資源」と「食糧」。(「宗教」の場合もあったが、今回のテーマとは外れるので一応省略)地球自体が疲弊しているこの時代に、人間同士の関係が希薄となりつつあるこの時代に、世界はどこへ向かおうとしているのだろうか。その安心できる生活の行く末が、今回のサミットで語られるのだろうか。
ここで自分の意見を語っても、おそらく何も変わりはしない。でも、語らずにはいられない。多くの情報や主張が流出しているこの現代は、「ペン」の価値は薄い。その上、自分自身が名のない群衆であり、「ペン」にも何もならないこともよくわかっている。(もしも匿名でなかったとしても)ここにあるのは、ただの駄文。それでも、書かずにはいられない。
遙かに高い教育を受け、世界を動かす人にお願い。今だけでなく、将来にとってよいことを検討して欲しい。遠い遠い未来に、「あの時代は間違ってなかった」と思えるような、そんな対話をお願い。
報道関係者にお願い。サミット反対のデモや逮捕などの、扇情的なシーンだけを取り出すだけでなく…なぜ「サミットに反対」なのかを、もう少し解説して欲しい。「先進国だけで動かされる社会とそれによる不利益」に反対。しかし、今回は、中国・インド・アフリカ諸国も招待国として招かれている。優れた「ペン」である報道関係者の方々に、正確な記述や映像をお願い。声なき声を、その主張を。
サミットのテーマは「環境」。
今日は曇りで、星が見えない見込み。
その遙か宇宙では、希望の星が瞬いているだろうか?
100年、200年先の天の川は、今と同じだろうか。
織姫と彦星は、変わらずに地球の未来を祈ってくれるだろうか。
道交法改正 [政治 社会]
さて、その陰に隠れてはいるが、実際の運用が難しそうなのが「自転車の車道通行」である。増え続ける暴走自転車による事故を防止するために改正された。その理念自体には共感するが、軽車両の取り締まりはほんとうに実施可能なのだろうか?
わたしの職場は、自転車大国である。今でさえ、通勤時は北京かと勘違いするくらい自転車が群をなしている。しかも、道路事情はかなり悪い。とにかく狭い。緊急避難時に歩道に乗り上げるには、段差がありすぎる。
もしも、道交法に沿って自転車が通行したなら。そして左側通行を守ったなら。まずは車道は動かず、大渋滞をまねくだろう。それは、イライラしたドライバーを生むことになり、より危険にならないだろうか。歩道を通るときには、必ず自転車を引いて歩くこと。そこまでの、歩道のスペースも確保されていないように思うのだが…。
自宅近くは、逆に路肩の広い幹線道路で、かなり広々とした歩道がある。さて、この地域で車道通行をしたならば?クルマのスピードはかなり速い。事故が起こったときのダメージは、かなり大きいだろう。
交通規則を守ること、歩行者も含めて安全を守ること。それはもちろん大事なことである。それにしては、法改正が先走りすぎていないだろうか?
自転車通行可能な歩道には専用標識がつくはずだが、改正道交法が可決されてから、あらたに標識がつけられた歩道を見ていない。もちろん拡充された道もない。整備された歩道も見ていない。
巨大にプールされた道路財源は、すでに作られている道の借金返済だけで消えていて、生活道路の整備には回らない。そもそも生活道路は、市町村の管轄であり、予算をつける余裕もない。それなのに、道路だけは造り続けるというスローガンが、道路族を助長させている。建設関係と、銀行だけが潤う仕組みである。
自転車運転のルールを厳しくするための、道交法の改正は必要だろう。しかし、まずは道の整備が先なのではないか?改正道交法が施行されたというのに、「法律では決まっているけれど、とりあえずは守らなくてもいい。守りようがないから」、こういう法改正というのはいかがなものだろうか。法治国家であるならば、はっきりと経過期間を決めるべきだし。その間に、どの道を通るにしても迷わずにすむよう、市町村のルールを徹底させるべきだと思う。財源のない市町村には、それなりの補助金を国が与えるべきだ。様々な特例も、周知するべきだ。
くどいようだが、自転車運転には暗黙のルールがたくさんあった。呼び鈴を鳴らしっぱなしにして、ハイスピードで駆け抜ける危険な自転車も多い。相手が倒れても、そのまま振り向きもせず行ってしまう人もいる。安全なルール作りは、確かに必要である。
だとしても、実際の走行を想像してみると矛盾だらけである。現在の交通事情にそぐわない。
自転車など運転したこともないようなキャリア官僚が、頭の中だけで考えた。そう思われても仕方ないだろう。
世の中のものごとはすべて、特殊な世界で生きている官僚と政治家たちで決められている。







